ひとつひとつ表情の違う木目。和でも洋でも合う端正なシルエット。オリジナルプロダクト「森の器」誕生の原点は、2010年にさかのぼります。仲の良いオーガニックカフェのオーナーに誘われて、兵庫県丹波篠山で製材所を営む有限会社ウッズを初訪問した僕は、現地の林業が抱える問題について、初めて詳しく知ることになりました。輸入材に押され、廃業する製材所が多いこと。必要な資金が足りないために、間伐材の切り出しなど森の整備が思うように進まないこと。間伐材の活用も行き詰まっていること。「間伐材を有効活用しつつ、森をめぐるものごとの循環をサポートできるようなモノづくりができないか?」ウッズからのそんな依頼を受けて僕がイメージしたのは、「材料の木が育った場所を、見に行きたくなるような器」でした。伐採場所を示す緯度経度を刻印するというアイデアはこの時からすでにありました。
しかしそこから実際に製品ができあがるまでには、約1年半の歳月を要しました。器のシルエットは、ふちをスッと薄く仕上げる点にこだわりつつ、歪みを生じないギリギリのバランスを追求して試行錯誤を繰り返しました。最大の悩みはコーティング。ウレタン塗装はメンテナンスが楽な反面、木の風合いを封じ込めてしまいます。かといって自然派にこだわるあまり、まめなオイルケアが必要だったり、盛る料理が限られてしまうのも避けたかったのです。そんな悩みも、学校給食用食器にも使われている安全な仕上げ剤「木固めエース」に出会ったことで解決。表面を被膜で覆うのではなく、木質に浸透して素材を保護・強化する作用があるため、木の風合いはそのままに、割れにくくシミにもなりにくいのです。
当初からイメージしていたとおり、器の底には、素材となった木が育った場所を表す緯度経度と木種をレーザー刻印。手にした人が、森の風景や空気に思いをはせる手がかりとしました。
森に思いをはせるきっかけを作ったその先には、森を訪ねるグリーンツーリズムのムーブメントが生まれてほしいというのが僕の思いです。ローカルな風土を体験してもらえる機会を増やし、森の器の売り上げや観光収入を森の整備に役立てることができれば、本来、良質な木材を生み出すのに適した丹波の自然は、かつてのようにその力を発揮することができます。さらに人の交流が進み、その土地の魅力を広く社会に発信することができれば、木工で身を立てたいと願う若者の定住を促すこともできるかもしれません。観光と環境保全と雇用創出というサイクルがスムーズに回るようになるまでには、長い年月を要するでしょう。でも森の器は、そのサイクルの小さな起点になる可能性を秘めているのです。
だからこそ、いまトランクデザインが思い描くのは、森の器のスキームを全国47都道府県、全世界に広げていくというビジョンです。それぞれの地元の森の木を使って、地元の作り手がつくる。その思いに賛同する作り手もすでに現れはじめており、関西と東北の3県で具体的にプロジェクトが進行中。いつか47都道府県の個性を映した47種の「森の器」を集めた展示会を海外で行うという夢に届くまで、プロジェクトは常に現在進行形です